谷津干潟から見る、日本に現存する湿地帯を知る

谷津干潟から見る、日本に現存する湿地帯を知る

谷津干潟について

東京湾最奥にある干潟

日本、その中でも特に自然環境の乏しさで言ったら東京都ほど縁遠いところはない。生まれてこの方、東京に住んでいる人にすれば見慣れた光景といえば、足を伸ばし続けている巨大なビル群とアチラコチラと行き交う人という群衆の群れだ。その中にも自然はあるという人も言うが、そんなものは地方という俗に云うところの田舎と比べたら瑣末なものでしかありません。確かに今やどの地方でも人が集中する地域には現代風の建物が生えそろっています、かつては自然は全て淘汰して人間が住みやすいように開発していけばいいとした横暴が続いていた時代も今は昔だ。何より少しでも自然を見出そうものなら、結局自分たちに跳ね返ってしまうのです。異常気象によって発生する尋常ならざる雨量のようにより地盤沈下が発生した、といっても元を正せば無理な開発を行ったがためにというところにいくちいてしまいます。便利になったがためにさらなる発展を獲得しようとしたのかもしれませんが、最終的に実質的な被害として実害を受けるのは人間だけなのだ。

圧倒的な淘汰を持ってして土地を開拓していきましたが、そのせいで本来あるべきはずの環境の大半を喪失してしまう事態になってしまいます。かつては水田が広がっていた東京都も今や見る影もないほど住宅や高層ビルによって埋め尽くされています。今わの際とはいったものだが、東京に住んでいる人は感じなくても外から訪れた人間にすれば東京ほど異質な土地はないと断言している人もいるかもしれない。経済都市としての機能は十分だが、東京という街に対して抱く期待と理想については多くの人は経済的な利点しか追求していないと見て問題ないでしょう。

都市環境として理想的といえば人それぞれですが、昨今になって求める要素として『自然環境の多さ』という点を重視している人も多くなってきている。ですが自然環境を追求するだけなら田舎へ越せば良いと思うかもしれない、しかし生活するとなったらそれなりに商業施設が揃っているところでないと不便さが出てしまう現代社会、中々自然特化した地域を目指すのも得策ではないのだ。人とは常に強欲な生き物だ、そうした活力をもっと別の方向へ導けば良かったのにと思うのもお約束といったところだ。

そんな東京を始めとした自然環境の少なさを憂いる場所において貴重とされる自然帯も、現存しているところがある。かつては存在していて当たり前だった場所であり、海沿いにはよく見られた湿地帯である『干潟』というものについて今回は取り上げていきます。その中でもピックアップするのは東京湾の最奥にある干潟で、関東圏内では数少ない自然発生の干潟である『谷津干潟』を参考に見ていこう。

かろうじて埋め立てから逃れられた

谷津干潟は千葉県習志野市にある干潟で、東京湾の中では現存する唯一の干潟と言われているほど貴重な場所だ。東京湾に面したところにあるが、干潟が存在しているのは千葉県となっているため微妙に東京とは無関係なのが少しばかり悔しいところではある。ただこの谷津干潟も歴史的な流れから一歩間違えば埋め立てられていたかも知れなかったのです。

かつての東京湾、そこはこの谷津干潟だけではなく様々な箇所で同様の干潟が存在していた。しかしそれも1960年台から始まりをつげ、敗戦国としての汚名を返上するよう経済で成り上がった日本が驚異的な発達を遂げる高度経済成長時期になった際、発展のためとして各地に点在していた干潟を次々と埋め立てていったのです。かつて干潟だった場所には工場・住宅街といった経済機能を有する場所としてその価値を見いだされるようになったが、谷津干潟については当時持ち上がっていた利根川放水路計画によって計画内容から除外されたのです。

ですがこの後も谷津干潟を埋め立てて経済利用しようという話が持ち上がってしまいます、この時はまさに万事休すといった展開だ。しかしその計画に待ったをかけたのが生物学者として活動している人々による、谷津干潟の潜在的な自然財産としての価値について提言したのです。現地に住んでいる人はよく知っていると思いますが、この谷津干潟には例年渡り鳥の生息地として有名だったのです。ここにはカモ類を始めとした多くの鳥類が存在していたため、このような場所を埋め立てるとは何事かという抗議が上がるようになるのです。やがて近隣住民もその価値理解するようになっていき、本来立ち上がるはずであった計画を実行に移すこと無く、谷津干潟を埋め立ててはいけないとする機運が強くなっていった。

現在では水鳥たちの楽園となっている

人間が発展するためには自然は犠牲としなければならない、などと綺麗事を呟く人が少なかった1960年代から80年代を何とか乗り切り、現在も温暖化などの影響によって大小少なからず被害を受けている谷津干潟は日本の、それこそ関東圏内では珍しい水鳥たちの楽園と化している。人間も楽しもうと思えば楽しめますが、ここでの楽しみは何と言っても野鳥を見物できることだ。中々野鳥を、それこそ渡り鳥を見かけることもないと思います。都内で言えば燕なども渡り鳥の一種となっていますが、それ以外となるとこうした場所でないと中々見かける機会もない。

そんな谷津干潟は近隣住民にすれば数少ないありのままの自然環境が残されている憩いの場として機能している。周辺には遊歩道も存在しているため、天気のいい日などに歩けば最高の気分に浸れます。一度も干潟を見たことがない、子供に一度はきちんとした物を見せたいと考えている保護者の方にすれば貴重な観光スポットとしてはこの上ない。

干潟としての価値

今でこそ干潟についてそのままの形を残していくよう取り組みは行われていますが、かつて企業として開発する人々にとって干潟などあっても無くても変わらないと見なしていたのは、疑いようのない事実だ。そのためにかつてあちこちに存在していたはずの干潟は姿を消すこととなってしまったものの、谷津干潟は運が良かったという一言に尽きる。最初こそ計画頓挫したが、再度計画が上がったとなると、元々谷津干潟がある場所もいずれは埋め立てようとする算段だったのは間違いない。

そこで待ったをかけたのが生物学者達による、自然生物がいかに谷津干潟という場所を活用して育んでいるのか、その重要性を唱えて広めていく。そして近隣住民を味方につけ、後は怖いもの知らずといったばかりに計画そのものは今度こそ破綻した。

その甲斐あって千葉県としても貴重な観光地として活用していくことになり、その価値が全国的に知られるようにもなっていく。

実は長い道のり

今でこそ日本に現存している湿地帯、それも関東圏という国家規模の経済機能が集中している場所において世界的に見てもその価値と重要性が理解されている場所として、谷津干潟は現在でも保全活動をする人々によって育まれています。そんな谷津干潟ですが、最初こそ埋立地として活用しようとされていたため、計画が完全に頓挫するまでその状況は決して芳しいものではありませんでした。東京湾に面した干潟としてその希少性が認められている谷津干潟だが、真にその価値が世界へ認められるまでの道程は決して平坦ではなかった。